伊香保芸妓徒然草
厳しいお稽古に泣く日々
2002/0921
 小生の記憶が確かなら、かつて昭和26、7年の頃だったと思うが、老舗水盤のお嬢さん方の邦楽、日本舞踊のお稽古ことが盛んな時代があった。個人的に東京等の師匠をお願いして、お稽古に励んだ人もあったが、それは一部で、大半が我町の芸妓のカリスマお姐さんの超厳しいお稽古であった。しかしながら、お嬢様方これに絶えお嫁入りに一芸を持って行ったものである。もちろん毎年のおさらい会は芸者衆と一緒、彼女たちの中にはプロである芸者衆の上を行く上級者もあった記憶がある。このことについてはこんな話がある、小生の家での話であるが、我が家のカリスマ姐さん、我が家の抱えである若手現役芸妓に小言を宣う「お前はね、このままで行くと××旅館の○○お嬢さんに越されていくことは明らかだよ、石にかじりついても遅れを取ってはいけないよ、お前は何てたって本職なんだからね、意地というものがないのかねぇ〜っ、言い訳は聞かないよぉ〜っ。」と言いつつ突然、お座敷帰りで疲れているにも掛らずニ階でいきなりお稽古が始まるのである。この時間帯は素人の家ではとっくに就寝の時間となるのであるが、そんな事はとんとお構いなし、自分でこうと思ったら誰が何を言おうとも実行あるのみ、それは凄まじいものである、お嬢さんたちには外面は良いが、家の者には、まるで地獄の閻魔様の様相である。

 三昧線と撥を手に、同じ所(同じ旋律)何度もおさらいし、その教え方は教えると言うよりもまるで軍隊の扱きにも似ている、教える方も教わる方も真剣勝負、熱が入り火が付くような様相である。とどのつまりは、抱え芸者大泣きに泣き出してしまう、それを見兼ねた、家族が「いっぺんには無理と言うものだよ、明日にしたら」「いいや、なんと言っても駄目だよ、せめてここの触り(音色のテクニック)だけでも、身に付けなけりゃならないよ」、その晩はどうにか執り成しにより、どうにかこ放免となる、(早い話がこのまま続ければ近所中が寝ることが出来ないし、まさに近所迷惑といったところ)がしかし、夜が明ければ、また地獄の猛特訓となるが、やはりそこは彼女達、プロとしての自覚十分、素人さんの上を行くのであったもこんなことは日常茶飯事のこと、教える方が思う様に行かないと、恐怖の張り扇どころか、そばに物があれば、なんでも飛んで来ることは当り前、彼女たちは心身共に休まることがないので自然に痩せ、まず太るどころか、自然に体系、姿勢共にあの独特な芸者としての職業体型と成ってくる、彼女たちの一日の過ごし方はどうかと言うと、朝は前の日にお座敷がどんなに遅くとも、少なくも九時起床、家中の掃除それも今の様な電気掃除機がある訳ではない、ハタキにほうき、更に雑巾がけ、それが終わると、山の様な家族全員の洗濯、それも電気洗濯機の無い時代、想像はつく、また別の抱え芸者はへっつい(飯炊き釜戸)で薪を燃やし朝飯を炊き、更に同じ釜戸でみそ汁を作る、ではお姐さんはさぞゆっくりと朝飯が出来るまで就寝かと思いきや、差にあらずとんでもない、皆とー緒に起き、朝の作業の陣頭指揮、これは堪らない、全員の朝飯が終わるといよいよお稽古を全て執り行なう、たっぷり午後三時近くまで続く、その後、大急がしに烏の行水のような入浴、お座敷のための化粧が始まり、お座戴の予約があろうが無かろうが、何時でも行ける様に支度を整えて待機する、手前に予約のあった芸妓は良いが、お座敷の掛からない者は、繋張の面持ちで待つのである、ここで売れっ子とそうでない者の明暗が別れるのである。当時、今とは違い、朝座敷、昼座敷、夜座敷とあり、売れっ子は寝る間も無い状況下で働いたものであったそうだ。お客も花柳界遊びのなんたるやを心掛けていたし、ようするに遊び人口があったと言うことであろう。お客全てが彼女達の良き理解者であったと言うことである。今思い起こせば、産業の発達と花柳界の盛衰は全く比例していると解釈する。最近は産業構造も変わり、娯楽の多元化とともに、付加価値感の変化によりこの神話が崩れ、この職業に対する偏見のみが肥大して残ってしまった。この職業は遠く平安時代から引き継がれてきた、一芸を持って宴に華を添える、世界に例の無い日本独特の職業、日本を訪れた、著名な外国人、例えばシーボルト、モルガン、グラバー、ラッカジオ・ハーン等々、いずれも絶賛しているのである。どおせ、わが町もかつて(明治時代)ドイツ医師ベルツ博士も芸者遊芸なるものを厳かに経験したであろう。いずれにしても、芸は身を助けるのことわざに忠実な彼女達にエールを贈ろう、この日本の伝統の灯を消したくないものである。
次回号こう期待・・・
バックナンバー
1.伊香保温泉の「人の出会いと時の流れ」
2.伊香保温泉の広告塔と成った芸妓
3.三味線をクラブに持変え「白球は何処へ・・・」
4.雪の夜のさしつさされつ炬燵酒
5.祈りを込めた切り火
6.気持ちはお姉さんへの日頃の恩返し・・・。
7.モガ(モダンガール)芸者の存在
8.お座敷待ちのいっぷくのキセル煙草
9.日の出の勢いの伊香保花柳界
伊香保芸妓業協同組合広報部編集記者
落柿庵 瓢菜
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